江本勝から皆様へのメッセージ

2005-12-20 江本勝代表からのクリスマス・メッセージ

クリスマスメッセージ

私は何故、世界の子供たちに隈なく
“水からの伝言・子供版”を贈ると宣言したのか?

私は、2005年5月26日、国連本部第1会議室で開かれた、国連直系のNGO団体「科学と意識の霊的な次元に関する国連小委員会」が主催した会議において、40分ほどの基調講演を行う機会を得ました。そしてその最後に、次のような提言および宣言を行い、万場の皆さんの激励と同意の喝采をいただきました。

「人類全体の意識レベル向上の必要性が求められる今、私はその焦点を子供に向け、彼らに対していのちや平和の尊さを教えてくれる“水からの伝言”を子供向けに編集し、それを世界中の子供たちに今後2006年から2016年の10年間のあいだに配ることを提言し宣言します。その数は世界人口の今後10年間の平均値の1割、すなわち6億5000万部の部数を、見込んでいます。皆様のご理解とご協力をお願いするものです。

この宣言を行った後、私は世界各国での講演会において、このことを発表し、皆様にご理解とご協力をお願いいたしました。そして、ほとんどすべての出席者の方々から賛同と激励を頂き、同時にこの子供向け写真集・絵本の編集を進め、同年11月16日東京において、その製作発表会を行いました。

それでは何故私がこのような、一見途方もない大風呂敷的と思われるかもしれない、大事業を考えたのかを、次に説明させていただくこととしましょう。

物心ついた時より、50数年にわたって見続けてきた悪夢

実は私には記憶のある子供のころから50年余にわたって、いつも同じパターンの恐ろしい夢を見続けてきたという、体験があります。このことについて私は1997年7月に出版された自著「蘇る潜在記憶」(PHP研究所)の中で、次のように書いていますのでご紹介したいと思います。

もうひとつ、自分の体験から、記憶ということについて述べてみたいと思います。実は私は毎晩のようにさまざまな夢を見ます。これは幼児のころからの習性で、現在も変わりません。

問題はその夢の内容です。実に恐ろしい内容が多いのです。具体的にいえば、いつも見る夢に共通しているのは、この地球の破滅につながることが多いということです。しかも何度も何度も共通のパターンとなっています。地が割れ、巨大な振動と、大きな火山の爆発、大海原は荒れ狂い、かと思うと、真っ二つに海が裂け、回廊を作ったりもするのです。

時には自分自身が生命を犯されたり、殺人者となったりもします。

それらは総天然色の映像であり、実に生々しいものです。もう、五十年近くも、こんな夢を見続けています。

そんな夢を見るときは、決まって夜中に一度や二度はうなされて目が覚めてしまいます。胸は早鐘のように鳴り、全身、汗だらけとなっています。『ああ、またこんな夢を見てしまったか』と思い、しばらく、階下に降りて、深夜テレビを見たり、時にはビールを飲んだりしています。

すぐに寝付くと、また同じ夢の続きを見てしまうことを知っているからです。そのような夢は一週間に二度くらいの割合で見ます。

また、他の夢を見ることも良く有ります。その夢にどのような意味合いがあるのか、よく分かりませんが、その後の実際の体験の中において、『これはいつか、夢で見たことがある』と思うことが良く有ります。

実際には、初めてきたような場所でも、確かに昔、夢の中で見た、その場所が現実に目の前に有ると感じることがよくあるのです。多分、皆さんの中にも、同じような体験をお持ちの方が、少なからずおられるのではないでしょうか。

前世の記憶

このような夢を一番良く見た時は、私が30台の後半になったときでした。名古屋での事業の失敗で負ってしまった多額の借金を返済すべく、東京に戻り、好きでもない不動産の仲介業に汗流しているころ、バブルがまだ崩壊していないころでした。毎晩のように悪夢にうなされて夜中に目を覚ましてしまう私を見て、妻は心配して近くの精神科に私を連れて行き、診察をしてもらったほどでした。

もちろん私には何故私がこのような夢を見続けるのかは、そのころは皆目見当がつきませんでした。しかしその後波動や水の研究をするようになり、波動水なるものを考案して、人様の健康相談をするようになってから、その理由がうすうす分かってくるようになりました。MRAという波動測定器を通じて、どんな人も前世の記憶というものに、良しも悪しくも影響を受けていることを知らされて、自分のあの夢も私の前世での記憶であったのかもしれないと思い始めたのです。

とすれば、これは本当に大変なことになります。私はあのムー大陸、あるいはアトランティス大陸水没の時にも生きていて、その体験をしていたということになる訳ですから。ですからそうは思い始めたものの、それを直ぐに確信するというわけには行きませんでした。

悪夢を見なくなる

私が、あれだけ見続けてきた悪夢を見ることがなくなったと気がついた時、それは今から4年ほど前のことでした。“そういえば最近、あの夢を見なくなったなあ、いつ頃からだろう?”と自問自答して考えてみたら、なんと更にその2年ほど前から、あの夢を見ていない、ということに気づきました。つまり今から6年前、1999年の半ば以降のことです。そしてその時と言えば、まさに私が「水からの伝言」を出版した時でありました。“そうか、そう言うことだったのか”とその時に全てを納得しました。何をどう納得したのかを語る前に、もう少しこのあたりについてのエピソードをご紹介したいと思います。

私はだあれ?

水の結晶写真を撮影することを考え、成功したのは1994年9月のことでした。最初は水道水、自然水などを中心に撮影をしてきたのですが、やがてそれは、音楽聞かせ、写真見せ、文字見せ、祈りを与える、というような、普通の人では思いもつかない技法へと発展してゆきました。

そしてそれぞれ、私が多分そうなるであろうと思った結果を、得ることが出来ました。さらにどうしてそうなったのだろうかという、解説についても、自分なりの考えを、澱みなく述べることが出来、しかもそれらは、われながら説得力のあると思う考察となりました。

しかし、またここで自問自答です。私は何故このような考えが持てるのだろうか、と。というのは、私は自然科学系の教科は苦手で一度も勉強したことがありませんし、宗教、哲学の分野も齧った事もありません。何故一度も勉強したこともないような分野のことを紐解いて、誰にも分かりやすく、実験したり解説したり出来るのか、という疑問です。いったい私って誰なんでしょう?

前世相談を受ける

そんなように思い始めていたころ、私が発行している月刊誌「波動」の編集員が取材のため、前世相談をやっておられる、水谷千絵さんという方を訪ねるという話を聞いて、一緒に同行させてもらうことにしました。自分の前世について、聞いてみたかったのです。

インタビューをしているときの水谷さんは、とても謙虚な普通の方のように見受けられましたが、それが終わって私の前世相談の部に移ると、まったく雰囲気が変わってきました。背を伸ばし、きちっと正座をして「それでは、上のほうに聞いてみましょう」と目を瞑りながら、私の質問を上のほうに実際に声を出してお聞きになるのです。そして思いもかけずすぐにその答えは彼女の体を通してやって来ました。しかもがらりと違った音声として。いわゆるチャネリングあわせです。上のほうの前世情報放送局に周波数を合わせてその音を拾えたという感じです。

私の質問は、“私は自分はまったく普通の人であり、特に修行や徳を重ねたこともありません。酒も飲めば、タバコも吸う。すなわち自分に甘い。特に感性が良いわけでもない。その私が何故、今のように世界を歩き回って、人々から求められるのか?何か間違っているんではないでしょうか?“というものでした。

この質問に対して彼女の口から出た答えは次のようなものでした。「あなたは、アトランティスやムーの時代、そしてマヤやアメリカインディ
アン、そのほかの時代や違った土地に何度も生きて生まれ変わりました。そしてその都度、水のマスターでした。そしていつも最終的にその指導に失敗し、その土地を失いました。そしてその理由は明白でした。あなたはあまりにもカリスマ的であり、グル過ぎたからです。今生あなたが有る姿は、それらの体験を再び繰り返してはならないという反省の結果、あなたが選んだ姿です。グルではなく普通の市民として、みんなで一緒に考え行動してゆこう、という道を選んだのです。だから何も心配することはないのですよ。このままの道をお行きなさい」

思い当たることばかり

4年ほど前の水谷さんとの出会いでしたが、この上からの情報は、私にとって思い当たることばかりで、本当にびっくりしました。

まず、例の夢はやはり私が前世において体験したことであったのです。同じ失敗を繰り返さないよう、空間と時間を超越して前世情報が夢と言う形で私を喚起していたのです。

さらに私は、今生では始めて出会ったり、見たものを、「おっ、これは本物だ!!」とか、「あっ、前に見たことがある、なんで今の世の中に通用していないのだろう。」と思ったりすることが良く有ります。そしてそれらのほとんどはいわゆる“タブー”と呼ばれるものです。例えば、マヤ暦(13ヶ月のカレンダー)、大麻、竹内文書(日本の一部の人たちに伝わる史書)、13という数字、などです。

アメリカインディアンの方々とは、もう兄弟づきあいをさせてもらっています。そして何よりも何よりも、今生では水とそれほどの強い縁があるわけではないのに、水の心を誰よりも誰よりも理解できるという不思議な知恵を授かっていること、これらすべてが水谷さんを通じて教えられた上からの情報が正しいということを証明している事実なのです。

何故夢を見なくなったのか?

ここまで書いてくれば、皆様にも6年前の「水からの伝言」を出版して以来、なぜあの悪夢を見なくなったのかは、もうお分かりでしょう。

あの夢は、私を通して二度とこの地球を同じような事にしてはならない、という自分が前世において誓ったことを忘れさせないためのものであったと思います。

今生の人生で、私は最初の42年間は山あり谷ありのまさに波動的な人生を体験させられました(いや、自らの前世からの設計で、あえてそうしたのかもしれません)。それも何とか妻の支えのおかげで乗り切ることが出来たわけですが、この妻の支えは私の場合永遠に続くことになります。これも前世的にきっと何らかの意味があるのでしょう。

そして潜在的に持っていた水に対しての知恵を、その後そろりそろりと発揮してゆきます。しかもなかなか巧妙にこれをやってゆくのです。例えば、まっすぐに水に行かないで、MRAなどを持ち出して、まず波動の世界を説きます。そして、波動水を開発して小宇宙である人様の身体をMRAで探索しながら、命というものを勉強します。それまでに約10年を費やしました。そしてその上で水に挑戦して行くのです。

1994年9月最初の水の結晶写真が撮れました。それから、5年後の6月、「水からの伝言」の誕生。そして私から悪夢が去りました。

そう、私の中の内なる神が、「よし、良いぞ。いい調子だ。その路線で突っ走れ。そうだ、この辺であの夢をしばらくこちらで預かっておこう。お前が正しい道を歩いている限りは、もうあの夢を見ることもないだろう。励めよ」と言っているかのようです。

ジージのミッション

以上のような個人的な情報に加えて、21世紀を迎えて世の中はますます世紀末的な様相を呈してきました。もうここで逐一そのことを説明する必要もなく、皆様も何か不気味な思い、不安な思いを具体的にされていることと思います。

そしてそのような状況が深まれば深まるほど、私は世界の人々から必要とされるようになりました。ご存知のようにここ5年間は、日本での生活より海外での活動のほうがはるかに多くなっています。

それでも3年前までは、まだ私の中に衒いがありました。どうしても“私なんかが・・・そんな筈はない”と思ってしまう傾向にありました。しかし、それが2年前に吹っ切れました。娘がかわいい初孫を生んでくれたからです。初孫というものがこんない可愛いものとは、思いませんでした。そして、可愛いと思えば思うほど、この子の将来が心配になってきました。”この子が20になったら、あるいは30になったら、この地球はどうなっているんだろうか?人類はまだ存在しているんだろうか?などと本気になって、心配してしまうのです。

その時に、決意しました。“よし、ジージとしての責任を果たそう。あとであの世から下界を見て、後悔することが無いようにしよう”と立ち上がったのです。そのときから私は単なる水の伝道師から具体的に世界平和を目指す平和の使者となったのです。

5月26日の国連での宣言はだから、ジージとして命を掛けた誓いなのです。
来年からの10年間、皆様よろしくご協力のほどお願い申し上げます。

2005年12月24日
江本 勝

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