江本勝の愛と感謝の「循環」旅日記【続々編】

2003-04-04【17】サンパウロ・イトゥー・ピラシカバ・アララクアラ

4月5日(土)

午後カンクーンをメキシカーナ航空でマイアミへたち、マイアミからはブラジル航空(ヴァリッグ)でサンパウロへ、合計15時間ほどのフライトだった。翌朝の6時30分にサンパウロに着く。そこには今回の企画者、フランクリンさんが友人のバーバラさんとともに迎えに来てくれていた。その日はホテルで休憩、7日(月)から5日間連続講演に備えてたっぷりと休養をとる。

4月7日(月)

夜8時から日系人がたくさんおられる町コチヤでセミナーが行われる予定だったが、8時15分前になっても迎えの車が来ない。業を煮やしてタクシーで会場の大学へ。ところがこのタクシーの運転手道をまったく知らないで結局会場に着いたのが9時半、なんと1時間30分の大遅刻。それでもびっくりしたことは、会場に着いたら殆どの人が残っていてくれて、おまけに大拍手で迎えてくれた。当日はバスのストライキが有ったため道路が大混乱となり起こったものだが、それにしてもブラジルの人は気が長い。日本だったらもう半分の人は帰っていただろう。(無料セミナーでよかった。)

ところで300人ぐらい見えた方の半数以上の人が日系人だった。ブラジルへの移民は100年ほど前から始まり、もう4世の人もいるのだが、当然の事ながら連帯感を強く感じる。皆さん異国の地でご苦労されただろうな、とか思いながらお話をすると自然と声に力が入り、“さくら”を皆さんと一緒に合唱した時は、思わず涙を流しそうになってしまった。日本人である私が世界をまたにかけてお水の話をして歩いている姿を見て、心からの声援の拍手をたくさん受けてセミナーは11時半過ぎに終わったのだった。

4月8日(火)

サンパウロから100キロほど、延々と続くサトウキビ畑の間を縫う道を走ったところにイトゥーという町があった。今夜はその市議会が主催する私のセミナーである。小さな市議会議場には、10数名の議員さんと100名あまりの市民が満席で、座り込んだり、立ったままで私の水の話を熱心に聞いてくれた。ブラジルの広大なサトウキビ畑に囲まれた小さな町で、京都の世界水フォ―ラムでしたお話とほぼ同じ話をしたのだが、その反響はまったく同じだ。水のテーマが如何に世界の人々にとって共通の関心事であるかが分かり、そのミッションとしての充実感・役割をまたまた感じさせてもらった。

4月9日(水)

これまた延々と続くサトウキビ畑を縫って着いた町はピラシカバという町だった。この町にはサンパウロ大学の農学部がありそのうちの一人の教授が招いてくれたものだ。広大な大学の敷地の中のメインロードを車で行くと、なんと道路の上に“歓迎DR、Masaru Emoto”と横断幕が張ってあったのにはびっくりした。さぞかし今夜はたくさんの学生さんが聞きに来てくれるだろうと思ったが、あにはからんややっと60名あまりの人が来てくれただけだった。

しかし気を取り直して学生さん相手に一生懸命話をさせてもらっていくうちに、いつもと違う話し方となっている自分に気がついた。あとで妻には“あの話し方とても良かったわよ”と褒められたが、大学の階段教室のせいか、いつの間にか先生のような気分となって、まるで大学の教授のようなムードで話していたのだった。もともと僕は学校の先生になりたかったのだが、やはり自分には先生という職業は向いているのかもしれない。

4月10日(木)

今日は今回1番期待していた町アララクアラという町でのセミナーだ。アララクアラという町は昔はコーヒーの名産地として有名なところだったようだが、私がなぜこの町に来たかったかというのは、もちろんそのためではない。実はこの町の下には巨大な淡水のオーシャンがあるというのだ。しかも世界1の大きさであるという。ブラジル南部、パラグアイ、ウルグアイ、そしてアルゼンチン北部にまたがるというというその巨大さは180万平方キロに及ぶという。単純に計算すると300キロ×6000キロの大きさということになる。我が日本の国土面積が37万7千平方キロだから実にその5倍だ。

この町がどうしてこの地下オーシャンの代表とされているかといえば、この町がその地下水面から1番近いところにあり現実にその水をポンプでくみ上げて町の生活用水として活用しているということにある。現在町の半分の水はこの水でまかなわれているということだ。ちなみに水面からは300メートルだそうだ。

そのような環境下にあるせいかこの町の水に対する関心はかなり強いものがあった。まず、私は町に着くなり市庁舎に案内されて、朴訥で人柄のよさそうな市長さんにご紹介され、地元の新聞社やテレビ局の取材を受けた。そしてセミナー会場であるこの町の中心にある劇場に7時ごろ着いたのだが、8時からの開演にもかかわらず、もうすでに200人ぐらいの人が、館外で列を作って待っていたのだ。

結果として500人収容の劇場は満席となり、私は世界の非常時のときの命の水を、この町が神様より預かっているのだと思う、と述べこの水に対して町ぐるみで愛と感謝の心を持って大事にしていって欲しいとお願いした。特に最後のところで、“冒涜”という日本の言葉を紹介しその意味を説明した。

つまり“水を売ること(涜と言う字はさんずい=水を売ると書く)は神の意思に反することなんですよ、いずれ近いうちに、世界の石油資本や大企業がこの町の水に目をつけて、この土地を買いに来るかもしれないが、ぜひこの言葉を思い出して皆さんの土地を売り渡すことなどがないようにと、強くお願いして講演を終えたのだった。そしてその答えを全員のスタンディングオべーションで受けた時、私の体の中の水が感動して波立ち、それは、まなこから涙となって溢れ出たのだった。

翌日は、早速その現場へと案内された。市民が憩えるように、お水の公園的にデザインがされているその施設には、子供たちが母親に連れられてきておりその嬌声が心地よく私の耳に入ってくる。何処でも思うことだが良い水のある環境には必ず子供たちの明るい声がつき物で、良い波動を出している。

取水口のポンプから私は日本に持ち帰って結晶写真を撮るべく、500CCほどの水をペットボトルに、心を込めて採水した。そしてその水を呑んでみた。まことにおいしい、と同時にすぐに日本の良い自然水の水と同じような味であることに気がついた。ソフトでもある。

ヨーロッパで硬い感じの水を飲みなれている私にとって、初めて体験する海外での日本的味の水であった。妻も同じ意見であった。そしていうことには“この真裏が日本だから通じているんじゃない”と。ははー、それは面白い発想だ、と私は感心しきり。そしてひょっとしたら地球の核は水で出来ているかもしれないと、真剣に思ったりもしてしまったのだ。

私はこの町を定期的に訪れたいと思っている。そしてそのつど水を持ち帰り、そのつどその結果を市民にお見せしたいと思っている。もちろん大事な世界の水資源を守ってゆくためだ。

4月11日(金)

充実したブラジルセミナーツアー最終日の今日は、サンパウロ市に戻って州議院会館内でのセミナーだ。地元のNGO団体“CRY OF WATER”に所属するある議員が企画したもので、そのNGO団体の意図するところは次のようなことだ。

“市内を流れる川ティエテ川とそれに接するカラピクバ湖の汚染状態が近年極めてひどく、その川底や湖底の底にたまったヘドロはまったく有害物質化してしまっていた。その根本的な浄化をするためにはなんと6億ドル(約1200億円)の費用が必要なことが見積もられ、ブラジル政府はその費用を日本政府からの借款によって賄うべく、申請し日本はそれを受けJBIC銀行(国際協力銀行)がその金額をその目的のためにブラジル政府に円借款として支払った。しかるにそのNGO団体の調査ではその工事がまったく手抜きで行われており、有害なヘドロは安易な方法で近くに人家があるところに捨てられていて、その費用を浮かせて、業者と結託し不正にその差額をポケットマネーとしてしまっている、それはまことにけしからん“ということを告発しているようだ。

しかし私にはもちろんそれが本当の事であるのかどうかは分からない。仮にそうであっても間に入って真相はこうだと、JBICに伝える気もない。そんな事よりも、水の本質を人々に正確に伝え、水を大事にしてもらえるよう理解をしていただくことが私の役割だ。

幸い会場に来ていただいた方々にはそれが伝わったと思う。何か特別の目的のある講演会へのお誘いは今後はよく事前調査をしなければならないと思った。

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