江本勝の愛と感謝の「循環」旅日記【続々編】

2003-03-31【16】カンクーン

3月31日(月)

9時半の飛行機でアムステルダムからフランクフルト経由メキシコシティーへ、そしてそこからさらに観光地として知られるカンクーンへ。

合計22時間のながーい旅、現地時間夜の11時半にカンクーンに着く。もうへとへとだ。そこには今回われわれを招いてくれたエドゥーさんが友人とともに待ち受けていた。挨拶もそこそこにすぐにホテルへ、そのまま部屋に直行しベッドに入る。

翌朝波の音で目が覚める。締め切っていたカーテンを開けるとまぶしい日の光がお部屋一杯に差し込んできた。思わず目を閉じてまた開けるとそこには素晴らしい光景が待っていた。波打ち際には白い波がかなりの量で怒涛のようにとまではいかないが、寄せては引き返し、100メートルぐらいのところまでは素晴らしいエメラルドグリーンのカーペット、おお、ここがうわさに聞くカンクーンかとしばし妻とともにその贅沢な光景を楽しむ。さらにその向こうには広い広いメキシコ湾のパノラマが、真っ青な空に真っ白な雲たちとのアンジュレーションも素晴らしく広がっている。疲れなどすぐ吹っ飛んでしまった。大自然の癒し効果、これにかなうものはない。こう言う役得があるから、辛い日程の世界旅行もこなしていけるのだろう。神様ありがとう。

エドゥさんは1年前から私にぜひカンクーンに来て欲しいと接触していた人。今回ブラジル行きが決まったので急遽連絡して1ヶ月前に決定されたものだった。彼は今年37歳の素晴らしい感性を持ったブラジル国籍の人で、かわいいオランダ国籍の奥さんとの間に二人の娘さんがいる。そのうちの一人はなんと1週間前の3月24日に生まれたばかりの子である。

エドゥさんははっきり言ってお金持ちには見えない。自分の妻が臨月の状態の中で外国から先生を呼ぶなんていうことは、最近の日本の常識では考えられないことだ。しかも準備期間はわずか1ヶ月、無謀ともいえるリスキーなご招待だ。もちろん私たちはそんな事情は知らないから、ブラジルに行く途中で世界の観光地といわれるカンクーンに立ち寄ってちょっと一休みするかぐらいの気持ちで来たのだった。

4月1日(火)

最初のセミナーはカンクーン工科大学の校庭で夜7時半から行われた。特設スクリーンとステージが用意されていて“歓迎DR,Masaru Emoto”とスクリーンの壁に書かれてあった。なんと300名あまりの学生や先生が集まってくれて熱心に聴いてくれた。Q&Aもあとを絶たず、45分間の約束が1時間半にも及んで、大変実りのある夜間野外授業となり、僕は大満足であった。もちろんこれはボランティアのセミナーだ。

4月2日(水)

今日が本番の有料セミナー、市内のホテルの会議室で行われたのだが、結果として50名ほどしか集まらなかった。エドゥさんは会場に行く車の中で“神様200名の人が来てくれますように”と祈っていたのだが、やはりあまりにも準備期間が短すぎたのだろう。大変な大赤字になってしまったと思う。しかし来てくれた人はとても熱心で、中には遠くコスタリカから飛行機に乗って駆けつけてくれた人もおり、その質問内容もとても高度なものでびっくりさせられた。つまり数が少なければ少ないほどその質は高い傾向にある。

翌日はエドゥさんの仲間と車3台に別れて1994年に発見されたばかりのユカタン半島にある、マヤ文明の遺跡であるピラミッドのある村に出かけた。ここでの体験はぜひ写真つきで語りたいので、月間波動6月号をお待ちいただきたい。とてもエキサイティングなものであった。

4月3日(木)

午前中ホテルにエドゥさんがやってきて、愚痴も何も言わずに、"WORD IS WORD" つまり約束は約束だからといってあらかじめ彼がギャランティーした経費を私にさしだした。私と妻は実はそれをあまり期待していなかった。彼の家も訪ねたし、いろいろな生活態度からそう推測していたのだった。私がどうする?と妻に聞くと”半分赤ちゃんの出産祝いということであげたら“ と妻がすかさず言う。うん、それがいいね、ということでその旨伝えて半分のお金を彼に戻したその瞬間、彼の二つの眼からみるみる小さな泉のように、まるで第九を聴いた水の結晶のような涙が溢れ滲み出るのが、まじかに見えた。その瞬間僕も反応してしまって、ぐっとこみ上げる涙を抑えるのに懸命であった。きっとこのお金を都合するのに大変な思いをしたのだろうと思うと、さらに泣けてきてしまうのであった。世の中にはまだまだ素敵な人が一杯いるのだ。私たちはとても幸福な気分でサンパウロ行きの飛行機に乗ったのだった。

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