江本勝の愛と感謝の「循環」旅日記

2002-11-30【10】チューリッヒ、ローマ

11月30日(土)

ケルン空港からお昼のフライトでチューリッヒへ、空港にはこれからの道案内人ジョルジョ・べネディッティさんが相変わらず素敵な笑顔で迎えてくれた。ジョルジョはイタリア系のスイス人で今年55歳、エキゾチックな面立ちの奥さんとの間になんと8人もの子供さんがいる大ファミリーだ。ヨーロッパに“水からの伝言”が最初に届いた時からの仲間で、スイスとイタリアのほうの本の販売やセミナーの企画をお願いしている。ドイツのヨルクやコンラッドさん、フランスのミシェルさんなどの仲間がいるからこそ私の海外活動は支えられているのだ。

考えてみれば他にも仲間がたくさん出てきた。オーストリアのガゥプさん、オランダのフレッドさん、そして今回のイタリア・トリノのエレナさん、スペインのニクラウスさん、パリのベロニク・ジャン夫妻、ブラジルのフランクリンさんとマリヤさん、アルゼンチンのダナさん、エイスタットのマニュエラさんや、当循環日記に登場された方々。

この日は過去に3回ぐらい講演をしたことのある会場でのセミナー、何かホームグランドに帰ってきたような感じがして楽しかった。定員いっぱいの200名の参加。

12月2日(月)

1日は移動日でセミナーは休み。待望のローマに昼すぎに着く。もちろんローマは始めて、ローマは1日にしてならず、そしてすべての道はローマに続く。はたして私の訴えるところはローマっ子に届くのか?

2日の午後7時半から行われたセミナーはローマ市郊外の映画村のようなテーマパークで行われた。本来私のために企画されたものではなく、"ミステリアス"という発刊5ヶ月目の雑誌が企画した3日間に渡るイヴェントで、たまたま私がローマに来るということを聞いた主催者がジョルジョに連絡を取って急に組まれたものであった。それでも200名近くの人が来て熱心に聴いてくれた。(ほかにもスピーカーが何人かいたので)しかし、ドイツやスイスのような熱い反応はまったく無く、これは何か違うぞと、海外に来て初めての違和感的な思いを感じたのだった。

翌3日は本来の私のためのローマセミナー。これも郊外の古い歴史のある公民館のような建物で行われた。半年前からこのセミナーは企画されていたはずなのに、なんと参加者はたったの25名。かなりのショックを感じながら淡々と話を進める。当然のことながらいつものようなジョークの連発や歌はまったくでない。どうも芸人に成りきってしまったようで自分が恥ずかしかった。

しかし最後のQアンドAになって、相当僕の哲学的な領分まで踏み込んでくる好質問が連発され、僕も一生懸命答え、とても充実した締めくくりとなった。やはり数だけではないのだ。

終わって遅い夕食をとりながらジョルジョと動員の問題について話す。ジョルジョいわく「自分もショックだった。ローマには知人がいなかったので友達の友達に頼んだのだけれど、彼らも初めてのことでこんな数になってしまったようだ。彼らもがっかりしている。やはり"水からの伝言"がローマでは300部ぐらいしか売れていないのでまだ早かったのかもしれない」。なるほどそうだったのか、では今度はちょうどイタリア語版が出版されたのでこれからだなと納得して来年にまた期待をしようということになった。やはり、ローマは1日にしてならなかったのである。

ローマの印象

妻もこのローマをとても楽しみにしていた。何せ僕ら夫婦は"ローマの休日"の大ファンでもう5回ぐらいは都合見ているだろう。1日半だけそれこそ休日があったので、私たち(息子と、IHMトレーディングの尾竹社長)はできるだけ多くの名所を見て回ったのであった。その結果の印象として、特にバチカンに代表されるように建築物の見事さと豪華さと、どうやってあれを作れたんだろうというその技術の優秀性にまず圧倒されたのだった。やはりそれは並大抵のものではない。しかし同時に、これが人類文化の発展につながったのだろうかと思う時、答えはノーとなってしまうのだ。私がそこに見るものは、権力の鼓舞であり、それは後に多くの国に対して帝国主義的な発想をもたらすことになる悪いモデルとなったのではないか、と思ってしまうのだ。

そのような中で、私の言わんとする、小さな一人一人がもたらす結晶の中にこそ真・善・美があるのですよという説法は、なかなかすぐには伝わらないのかもしれない。

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